早川寿美子 園長便り

大くま星座

2019年5月8日発行「おたより」第514号より

 北の夜空にひときわ目立つ大きな星座、大くま座があります。北斗七星を探していくと、すぐ見つかります。私の子ども時代の札幌は夜もそれほど明るくなく、星がとても美しく見えました。クリスマスの晩、羊飼いたちが夜通し羊の番をしていた冬の夜には、降るようなたくさんの星を見て、はるか彼方からの希望の訪れを星空に見たのもうなずけるような気がします。
 無謀な戦争が終わってまだ日本が混乱していた頃、私は3歳前後でした。かまぼこ兵舎と呼ばれていた建物に子ども向けの本があって(もちろん色刷りではなく、紙もザラザラしたものですが…)、借りられたのでしょう、姉と一緒に夢中になって読んだ(読んでもらった)記憶があります。もしかしてその中にも、ギリシャローマ神話、星座の話があったのかもしれません。東京に来てからも夕方に、流れ星を見かけることもあって、星の物語に自然にひかれていたのか、と思います。
 星の物語も、国や種族よっていろいろで、それぞれに興味があるのですが、以前、北斗七星をひしゃく星として描かれている物語を思い出したのは、トルストイの短編集に「大くま星座」というのを見つけたときでした。私の蔵書としては古い本で、何度も読んでいたはずなのですが、なぜ今まで心にひっかかって来なかったのでしょうか。ロシアの民話というのではなく、「ひしゃく星」という似たような内容の話を読んだことがあったのて、それと混同したのかもしれない、とも思いました。
 久しぶりに夜空を見上げると、春の夜空にも見える北斗七星が、「私はここにいますよ」というように輝いていました。今年はこの『大くま星座』というロシアの民話をクリスマスのシルエット劇にしてみよう、と思いました。
 北斗七星はどの季節でもとても見つけやすいので、子どもたちと見ていただければいいな、と思っています。

美しい桜の中で

2019年4月15日発行「おたより」第513号より

 今年は急に暖かくなったかと思ったら、すぐ寒い日が続いたりしているせいでしょうか、桜の花持ちがよく、保育園の桜も園庭を華やかにしてくれています。先日、今年も小学校を卒業した子、入学した子たちが御両親と卒業式の後や入学式の後に、晴れ姿を見せに来てくれました。つい先日卒園したばかりなのに、急にランドセル姿ですっかり大人びた雰囲気になっていて、いつも感動します。今年一番乗りでやって来たのはS家の元気な次男坊で、彼のうしろにやはり卒園児だった母が素敵なスーツ姿で立っていました。彼女の園児時代の姿がだぶって何だかジーンとしてきました。バーバの心境とでもいうのでしょうか……。
 幸せなこのひとときを思い出していた翌日にラジオで、親からの虐待などで入院中の子どもが、傷が治っても養育するところがなくて退院できないというニュースを報じていました。いろいろな事情があって心身に傷を負わせることになった子どもたち。その子たちの帰る場所がないというのです。成長を祝ってもらう家族がいる子どもたちの陰に、このような子どもを生み出している現代について考えざるをえませんでした。
 私はふと、昔、児童養護施設の園長をしていた恩師、故・大谷先生ご夫妻のことを思い出しました。私が勉強していた「保母養成所」は、この施設と同じ敷地内に児童養護施設がありました。施設の先生方の声も、子どもたちの声なども身近に感じるようなところが養成校だったのです。
 この施設の孤児の中には、当時「あいのこ」と呼ばれていた黒人兵との間の子どももおり、先生はいろいろと心をくだいておられました。社会制度が少しずつ整うにつれて、かえって一人一人の事情や個人の苦しみに寄り添うことが出来ないケースも多く、大谷先生は自分たちの施設にソーシャルワーカーを置いて、児童相談所のワーカーとは別に、子どもに寄り添った「措置」の在り方が出来るように努力をされていた、と聞いたことがあります。大人が作った制度の中で、かえって子どもの人権を守れないというのもあったということでしょう。児童福祉の様々な制度が作られていった私の学生時代のことを、ぼんやりと思い出していました。
 朝ドラを観ていたら、戦争で孤児になった主人公が他人の家に引き取られ、そこでの生活が安定したとき、友だちになった子の家が開拓に失敗して、土地を捨てなければならないことを「誰が助けてくれるの!」と全身で怒る場面がありました。土地を捨てて本州に戻る家族が、子どもが何と言っても無理なものは無理だというのに、開拓者として今は成功しているおじいさんが、この土地に勝って農業を続けたいという子を前にして、子どもの事情だからと無視していいのか! 大人たちはこの子たちに一体何をしてきたのか、と問いかけるのです。
 そして、せめてこの子の事情を、今こそきちんと大人が聞いてやるべきだろう、というセリフにうなずきました。そして、主人公の幼い女の子は、そんなおじいさんと一緒にいることが「何となく誇らしい」と思うのです。子どものわがままに振り回されたり、大人と子どもの関係がどうあるべきかが問われるような現代、心にしみる場面でした。
 5月は子どもの権利、幸せを考える時、子どもの日の意味をじっくり思いめぐらしたいものです。

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