早川寿美子 園長便り

時間

2020年7月1日発行「おたより」第527号より

 自宅にいる時間が多くなってテレビやラジオを見聞きしていると、コロナ対策のせいで、みんな家族で家で過ごす時間が多くなって大変だ、と伝えている。
 そういえば、私の子どものころは誰も家にいない家ってあったのだろうかと、
ふと思う。札幌と言っても、当時は小さな町で、近所はみんな顔見知り。家には必ず誰かがいた。同じ敷地内におじの家があって、自分の家みたいに出入りしていた。
 それでも、大人はのんびりと座っている人はいなかった。季節の仕事、漬物などの保存食づくり、布団の打ち直し、子どもの服の直し、障子や襖の張り替えなど……。これらは大仕事で、子どもにやれることは少ないけれど、「ちょっとそっち持ってて!」など、手伝えることも多かった。日常的には、手押しポンプでの水汲みは子どもの仕事だったから、たらいでの洗濯は大仕事だった。外の七輪で魚を焼いたりするのも子どもの仕事で、結構出番はあったのである。つまり、家の中で家族がそろっていても、何かとやることがあったということだ。
 夕ごはんの後は、それぞれの仕事や勉強などして、みんな同じ部屋で過ごした。多分、全部の部屋で暖房や電気を使うのがもったいなかったり、その頃自分の部屋など持っている人はいなかった。狭い部屋でなんとなく自分のコーナーを持って、それぞれやりたいことをしていた。そのようなときは、ラジオといってもNHK第一、第二、地方局の3局しかなかったから、みんなで同じものを聴いていた。
 家族はそれぞれ手仕事があって、私はほとんど本を読んでいた。とても不器用で、手仕事はあまり役に立たなかったようである。3歳上の姉は器用で、小学生のときに足踏みミシンで私にスカートを作ってくれた。私は雑巾すら縫えなくて、小学校に入って家庭科で「運針」の時間にどうしてもできず、指が血だらけ。となりの男の子に、針の糸を通してあげるからと、布巾を手縫いする作業を代わりにやってもらっていたことを覚えている。
 そんな子どもでも退屈はしなかった。ラジオを聴きながら、マンガのような絵を描いたり、寝転がって本を読んでいた。子ども部屋なんてないから、居間の隅で寝ていたので、家にひとつのラジオがいつも聞こえていた。夜中? 幼い子どもにとっては「大人の時間」に毎晩のように聞こえてきた古関裕而(こせきゆうじ)の「ハモンド・オルガン」を、美しいなぁと思って聴いていたのを思い出す。思春期になっていくつかの教会に出入りするようになって、その「ハモンド・オルガン」を思い出す電子オルガンに出会ったときの、なんとも言えない懐かしさを思い出す。結局、私はその教会で洗礼を受けた。
 先日、テレビから、「みどりの丘の赤いやね…」という懐かしい歌が流れてきた。この歌が流れると祖母も姉も居間にちゃんと座って、ラジオドラマに耳を傾けていた。今やっている朝ドラ『エール』の主人公のモデル、古関裕而氏の曲である。今よりゆったりと時間が流れていた時代、家族が夕方にはみんなそろって、それぞれの手仕事や作業、勉強など、何かしら手を動かしながら、心が満ち足りた時間を過ごしていた時代(このドラマは当時孤児院と言われた、戦争で孤児になった子どものための施設での物語であった)。
 近くに家族や親族がいるということは、大人たちにとってはわずらわしいこともあるだろう。けれども、家族と過ごす時間が今とはケタ違いに多かった。この時間の豊かさについて考えさせられたのである。いろりやストーブの火でつくる煮物のにおいとともに、家族と過ごした満ち足りた時間のことを。

春の公園で

2020年6月1日発行「おたより」第526号より

 コロナ、コロナで、何か不安でうっとうしい気分になりがちですね。皆さんもご家族で過ごす時間が長くなって、それぞれ大変なことも多くなったのではないでしょうか。
 保育園では、みなさんのご協力に感謝しつつ、お子さんが少ないうちにカリキュラムの話し合いをしたり、教材を作ったりして、保育園内に元気な子どもたちの笑い声が響く日が早く来ることを願いながら、いつもとは違うこのときを大切に過ごしています。
 先日、日曜日の夕方に近くの公園を犬と散歩していたら、めずらしく5〜6人の少年たちが、広場のほうでボールを蹴って遊んでいました。中学生かな? いやもう高校生になっているかな? などと、彼らの元気な声を聞いて思いながら、木立ちの中を歩いていると、彼らがこちらに走って来ました。「園長先生!」と一人が声をかけてくれました。卒園児たちだったのです。「何年生になったの?」とたずねると、今年、中学三年生になったとのこと。卒業式・入学式が行われない今、思春期まっただ中の彼らの笑顔がたのもしく思えました、一人ひとり、幼児の頃の面影を残しつつも、全員たくましくなって、背丈は私を超していました。彼らを見上げながら、そのさわやかな笑顔に心が温かく、うれしくなりました。
 赤ちゃんのときからしおんで育った仲間同士が、こうして今もこんな笑顔で、生き生きと楽しそうに一緒に遊んでいる姿に、感動してしまいました。そのような彼らに会えたことへの感謝と、彼らを神様が導いてくださり、これからもお守りくださるよう祈りつつ帰途についたのでした。

新年度を迎えて

2020年4月16日発行「おたより」第525号より

 新入園のお子さんが入園し、新しいお友だちを迎えて新しい年度が始まりました。卒園式ができなくて、状況が落ち着いたら卒園・入園を祝う会としてやりましょうということになったけれど、心からお祝いできるように早くなってほしいものですね。
 このようなときに、うれしいこともありました。毎年卒園式の花をお願いしている花屋さんから電話があって、「しおんさんは、マスク大丈夫ですか?」というのです。花屋さんでもマスクが必需品で、アルバイトの方の分も含めて、マスクをケースで買っているとのこと。「保育園でマスクが不足していて大変ということを聞いたので、2ケースの在庫があるので差し上げます」という電話だったのです。卒園式をしないので今年は卒園式の花が必要でなくなったことを伝え、2ケースのマスクをいただいてきました。
 また、私の知人をとおして93歳のおばあさんから、手作りのティッシュケースをいただきました。卒園のお祝いとして小さな子どもたちに何かプレゼントをしたいという方がおられるということを聞き、昨年からいただくことになったのです。かわいい模様の布をいろいろ見つけては「おばあちゃんの仕事」と買っていらっしゃるのは、会社の社長をしておられる息子さんだそうです。おばあちゃんは、毎日朝からミシンをかけて、小さな人たちの手元に届けられるのがうれしい、とはりきっておられるとか…。
 なんとなく新型コロナが…と、ともすれば暗く不安定な気分がただよっている今、卒園や入園を晴れ晴れとした気持ちで迎えられないけれど、このお二人からのプレゼントは本当にうれしく、会ったこともない一人ひとりのことを想い、いただいたマスクや、かわいい模様のケースに包まれたティッシュが、子どもたちを包んでくれるようです。この大変なときに、本当に人の思いやりの気持ちが、一層心にしみたできごとでした。
 新しい年度が始まりました。たくさんの「うれしさ」を子どもたちと共につくっていきたいと思っています。